仮眠室で横になって寝ていた時間が、まるごと労働時間になる。模試や過去問で大星ビル管理事件に当たって、「え、寝てるのに労働時間なの?」で手が止まった——という声を聞きます。
先に結論です。分かれ目は、寝ていたかどうかではありません。最高裁が線を引いたのは、その時間に労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価できるか、でした。
どんな事案だったか
最高裁判所第一小法廷の平成14年2月28日判決です(事件番号 平成9(オ)608/事件名「割増賃金請求事件」/民集56巻2号361頁)。
ビル管理会社の技術系従業員が、「いわゆる泊り勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間」について、労働協約・就業規則所定の時間外勤務手当及び深夜就業手当ないし労基法37条所定の時間外割増賃金及び深夜割増賃金の支払を請求した事案です。
勤務の姿は、判決が確定した事実関係にこう書かれています。「その間,休憩時間が合計1時間ないし2時間,仮眠時間が連続して7時間ないし9時間与えられる」。
問題は、その仮眠時間に何が義務付けられていたかです。事実関係を逐語で見てください。
- 各ビルの仮眠室において、監視又は故障対応が義務付けられていた
- 「警報が鳴る等した場合は直ちに所定の作業を行うこととされている」
- ただし「そのような事態が生じない限り,睡眠をとってもよいことになっている」
- 「配属先のビルからの外出を原則として禁止」され、「仮眠室における在室や,電話の接受,警報に対応した必要な措置を執ること等が義務付けられ,飲酒も禁止されている」
そして会社側の扱いはこうでした。「被上告人においては,24時間勤務における仮眠時間は所定労働時間に算入されておらず,かつ,時間外勤務手当,深夜就業手当の対象となる時間としても取り扱われていなかった」。
寝てもいい。でも、警報が鳴ったら直ちに動く。——この形の時間が、労働時間なのかどうか。ここが争いになりました。
最高裁が引いた線
裁判要旨一が、そのものずばり書いています。
「労働者が実作業に従事していない仮眠時間であっても,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているものであって,労働基準法32条の労働時間に当たる」
効いている言葉を、順に置き直します。
| 順 | 判決の言葉 | 何をしている言葉か |
|---|---|---|
| 1 | 実作業に従事していない仮眠時間であっても | 起点。作業していないことは、それだけでは何も決めない |
| 2 | 労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には | ここが分かれ目 |
| 3 | 労働からの解放が保障されているとはいえず | 義務付けがあれば、解放は保障されていない |
| 4 | 労働者は使用者の指揮命令下に置かれているものであって | だから |
| 5 | 労働基準法32条の労働時間に当たる | 結論 |
その32条は、こう書かれています。「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない」。
本件への当てはめ
そのうえで、裁判要旨二が本件を当てはめています。
「ビル管理会社の従業員が従事する泊り勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間は,従業員が労働契約に基づき仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられており,そのような対応をすることが皆無に等しいなど実質的に上記義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないなど判示の事実関係の下においては,実作業に従事していない時間も含め全体として従業員が使用者の指揮命令下に置かれているものであり,労働基準法32条の労働時間に当たる」
長いので、効いている言葉だけ抜き出します。
- 従業員が労働契約に基づき——義務の出どころは労働契約
- 仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられており——義務の中身
- そのような対応をすることが皆無に等しいなど実質的に上記義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しない——義務付けを否定する側の事情が、本件には無かった
- 実作業に従事していない時間も含め全体として指揮命令下に置かれている——時間を切り刻まず、まとめて評価する
- 労働基準法32条の労働時間に当たる——結論
線はどこに引かれているか
| 見るところ | 判決の言葉 |
|---|---|
| 実際に寝ていたか | 起点にならない。「実作業に従事していない仮眠時間であっても」 |
| 何が義務付けられていたか | 「仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすること」 |
| その義務付けは実質的にあるか | 「皆無に等しいなど実質的に上記義務付けがされていないと認めることができるような事情」の有無 |
| 効果 | 「労働からの解放が保障されているとはいえず」→「指揮命令下」→「労働基準法32条の労働時間に当たる」 |
「ルール」と「事例」が、判示事項で分かれている
この判決を読むとき、もうひとつ効くのが判示事項の並びです。
| 判示事項 | 書き方 | |
|---|---|---|
| 一 | 「実作業に従事していない仮眠時間と労働基準法上の労働時間」 | 論点そのもの=一般ルールの提示 |
| 二 | 「ビル管理会社の従業員が従事する泊り勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間が労働基準法上の労働時間に当たるとされた事例」 | 「事例」で締める=事例判断 |
二のほうは「事例」で終わっています。裁判要旨も同じ形で、一が一般ルール、二が「判示の事実関係の下においては」という当てはめ。この二階建てで持っておくと、選択肢の書き方に振り回されません。
ひとことで持って帰るなら
線は「寝ていたか」ではありません。裁判要旨一が条件として置いたのは、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、という言葉でした。
本件では、仮眠室での待機と、警報や電話等への直ちの対応が労働契約に基づいて義務付けられており、それが実質的にされていないといえるような事情も無かった。だから実作業のない時間も含め、全体として労基法32条の労働時間に当たりました。
試験でこの判例に当たったら、ここまでで足ります。
この先は「その先」——AIコーチ加入者の読み物です
ここまでが「試験ではここまで」。この先は、答えがそう決まる判断の構造(法律→指針・通達→判例のつながり)まで踏み込みます。
- 判断枠組みは「客観的に定まる」——出どころは三菱重工長崎造船所事件
- 「実作業がない」だけでは足りない——「初めて」という二段構え
- 労基法上の労働時間だからといって、賃金が出るとは限らない
- それでも割増賃金は出る——労基法13条と37条
- だから主文は「破棄差戻」だった