「ノースウエスト航空事件、勉強したあとにネットで調べると、書いてあることが割れてる。『26条は広いから、賃金がダメでも休業手当は出る』とある一方で、『この事件は休業手当ももらえない』とある。結局どっちなんだ」
Xでこの声を見かけました。すごく分かります。僕も最初、まったく同じところで止まりました。
でもこれ、矛盾ではありません。片方は一般ルールの話。もう片方はこの事件の結論の話。しかもその2つは、別々の判決に書いてあります。
まず、判決は「2つ」ある
どちらも最高裁判所第二小法廷の昭和62年7月17日判決で、事件名はどちらも「賃金」です。違うのは、事件番号と、判断した論点。
- 昭和57(オ)1189 → 労働基準法26条(休業手当)の話
- 昭和57(オ)1190 → 民法536条2項(賃金)の話
「賃金」と「休業手当」は別の条文の問題なので、判決も別々に出た。「ノースウエスト航空事件」というひとつの名前で呼ばれますが、中身は2つあります。どちらの判決の話をしているかで、書きぶりが変わる——ここが、割れて見える正体です。
舞台になった2つの条文
労働基準法26条は、こうです。
「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない」
民法536条2項は、こうです。
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」
似た形をしています。どちらも、誰の責めに帰すべき事由かを問う作りになっている。だからこそ、この2つの言葉がどういう関係にあるのかが争点になりました。
一般ルール:26条は536条2項より「広い」
ここが山場です。1189判決の裁判要旨一が、そのものずばり書いています。
「労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」は、民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む」
効いている言葉は2つ。よりも広く、そして使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む。
でも本件は、その広い26条に「すら」当たらない
そして本件です。同じ1189判決の裁判要旨二は、こう書いています。
「定期航空運輸事業を営む会社に職業安定法四四条違反の疑いがあつたことから、労働組合がその改善を要求して部分ストライキを行つた場合であつても、同社がストライキに先立ち、労働組合の要求を一部受け入れ、一応首肯しうる改善案を発表したのに対し、労働組合がもつぱら自らの判断によつて当初からの要求の貫徹を目指してストライキを決行したなど判示の事情があるときは、右ストライキにより労働組合所属のストライキ不参加労働者の労働が社会観念上無価値となつたため同社が右不参加労働者に対して命じた休業は、労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」によるものということができない」
長いので、効いている言葉だけ抜き出します。
- 労働組合所属のストライキ不参加労働者——休業させられた人たちは、ストをやったその組合の組合員だった
- 会社はストに先立ち、要求を一部受け入れ、一応首肯しうる改善案を発表した
- それに対して組合は、もつぱら自らの判断によつて当初からの要求の貫徹を目指してストを決行した
- その結果、不参加労働者の労働が社会観念上無価値となった
だから、会社が命じた休業は26条の「使用者の責に帰すべき事由」によるものとは言えない。本来は広いはずの26条に、すら当たらなかったわけです。
賃金のほう(1190判決)も、結論は同じ
もうひとつの判決(昭和57(オ)1190)は、民法536条2項の話です。裁判要旨はこうです。
「部分ストライキによつてストライキ不参加労働者の労働義務の履行が不能となつた場合は、使用者が不当労働行為の意思その他不当な目的をもつてことさらストライキを行わしめたなどの特別の事情がない限り、右ストライキは民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」に当たらない」
こちらは1189判決のような事例限定の書き方ではなく、「特別の事情がない限り」という一般的な形で書かれています。
「特別の事情がない限り」は、どちらの判決の言葉か
ここは取り違えやすいところです。
「特別の事情がない限り」という言い回しが出てくるのは、民法536条2項の判決(1190)のほうです。
一方、労働基準法26条の判決(1189)の裁判要旨に、「特別の事情」という言葉は出てきません。こちらは「…など判示の事情があるときは、…労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」によるものということができない」という書き方です。判示事項の側も「部分ストライキのため会社が命じた休業が労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」によるものとはいえないとされた事例」と締めています。
表で整理すると
| 賃金 | 休業手当 | |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 民法536条2項 | 労働基準法26条 |
| 判断した判決 | 昭和57(オ)1190 | 昭和57(オ)1189 |
| 条文が使う言葉 | 「債権者の責めに帰すべき事由」 | 「使用者の責に帰すべき事由」 |
| 2つの関係 | — | こちらが広い。「使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む」 |
| 条文の効果 | 債権者は反対給付の履行を拒むことができない | 平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない |
| 本件の結論 | 当たらない | 当たらない |
| 結論の書き方 | 「特別の事情がない限り」=一般的な形 | 「判示の事情があるとき」=事例判断 |
令和8年度に読むときの注意:536条2項は、判決のあとに書き換わっている
判決の裁判要旨は、民法536条2項をカタカナで「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」と引いています。でも、いま e-Gov で536条2項を開いても、その文字列はありません。ひらがなです。
それだけではありません。令和2年(2020年)4月1日施行の民法(債権関係)の改正で、536条2項は書きぶりそのものが変わりました。
| 改正前(令和元年12月11日時点) | 現在 | |
|---|---|---|
| 前段の条件 | 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは | 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは |
| 前段の効果 | 債務者は、反対給付を受ける権利を失わない | 債権者は、反対給付の履行を拒むことができない |
| 後段 | 自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない | 債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない |
見てのとおり、変わったのは効果の書き方のほうです。判断の入口になる条件の言葉「債権者の責めに帰すべき事由」は、改正の前後でそのまま同じ。
そしてノースウエスト航空事件が判断したのは、まさにその条件のほう——「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」に当たるか、でした。
だから「結局どっち」の答えはこう
割れて見えたのは、〈一般ルール:26条は536条2項より広い〉と〈本件の結論:その広い26条にすら当たらない〉を、重ねて読んでいたからです。
論点は2つ(賃金と休業手当)。でも本件の結論は、どちらも「当たらない」で同じ。
ひとことで持って帰るなら
労働基準法26条(休業手当)の「使用者の責に帰すべき事由」は、民法536条2項(賃金)の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む。これが一般ルール。
そしてノースウエスト航空事件は、その広い26条にすら当たらなかった事例でした。
この二階建てで押さえておけば、選択式でこの論点が出ても、いまどちらの話をされているかを見失いません。
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