受験生の方から、こういう趣旨の声を聞くことがあります。後期高齢者医療・国民健康保険・船員保険で見たことのない問題が出ても、健康保険法を押さえていれば何とかなることが多い——だから健保法をしっかりやるのが重要だ、と。
方向としては、いい勘だと思います。健保法を軸に置くのは正しい。ただ、条文で引き比べてみると、いちばん危ないのは「健保にも国保にもある、同じ名前の給付」でした。名前がそろっているせいで、健保の感覚のまま解いて落とす。
この記事は、令和8年4月1日時点の条文で、制度どうしの差分を引いた地図です。
まず、制度は重ならないように線が引いてある
どの制度に入るかは、条文が互いに除外し合う形で決めています。
| 制度 | だれが入るか | 他の制度から引かれている線 |
|---|---|---|
| 健康保険 | 適用事業所に使用される者及び任意継続被保険者 | 国保法6条1号が「健康保険法の規定による被保険者」を国保の被保険者としない |
| 国民健康保険 | 都道府県の区域内に住所を有する者 | 健保3条1項6号が「国民健康保険組合の事業所に使用される者」を健保の被保険者から除外 |
| 後期高齢者医療 | 広域連合の区域内に住所を有する75歳以上の者/65歳以上75歳未満で障害認定を受けたもの | 健保3条1項7号で健保から・国保法6条8号で国保から除外 |
| 船員保険 | 船員法1条の船員として船舶所有者に使用される者及び疾病任意継続被保険者 | 健保3条1項1号で健保から・国保法6条2号で国保から除外 |
読み方のコツは、健保と国保が「入り口」の広さで対になっていることです。健保は「適用事業所に使用される者」=職域で入る。国保は「都道府県の区域内に住所を有する者」=地域で入る。だから国保法6条は、健保・船員保険・後期高齢者医療などの被保険者を片っ端から「被保険者としない」と並べています。地域で網をかけてから、他制度に入っている人を引き算する構造です。
後期高齢者医療も同じ読み方で追えます。広域連合の区域内に住所があって75歳以上なら、後期高齢者医療の被保険者になる。そしてその人は、国保の被保険者とはされず、健保の被保険者にもなれません。
骨組み(運営・保険料)は、各法で独自
| 健康保険 | 国民健康保険 | 後期高齢者医療 | |
|---|---|---|---|
| だれが運営するか | 保険者は全国健康保険協会及び健康保険組合 | 被保険者の条文が「都道府県が当該都道府県内の市町村とともに行う国民健康保険」と書く | 都道府県の区域ごとに全市町村が加入する広域連合を設ける |
| 保険料 | 被保険者と事業主がそれぞれ2分の1を負担。納付義務は事業主 | 市町村が世帯主から徴収。地方税法で国民健康保険税を課すときは徴収しない | — |
ここは健保の感覚がまったく効きません。健保は労使折半で、しかも保険料を納める義務を負うのは事業主です。国保は、保険料を払うのが被保険者本人ではなく世帯主——しかも「地方税法の規定により国民健康保険税を課するときは、この限りでない」というただし書きつきです。保険料と税の二本立てになっているのは、国保の条文そのものに書いてあります。
いちばん危ないのは「同じ名前の給付」
ここが本題です。健保にも国保にも出産育児一時金があります。名前は同じ。でも、条文の書きぶりがまったく違います。
| 場面 | 健康保険法 | 国民健康保険法 |
|---|---|---|
| 出産 | 出産育児一時金として、政令で定める金額を支給する | 条例又は規約の定めるところにより、出産育児一時金の支給を行うものとする。ただし、特別の理由があるときは、その全部又は一部を行わないことができる |
| 死亡 | 埋葬料として、政令で定める金額を支給する | 葬祭費の支給若しくは葬祭の給付 |
| 労務不能 | 傷病手当金を支給する | 条例又は規約の定めるところにより、傷病手当金の支給その他の保険給付を行うことができる |
3つとも、健保は法律(と政令)が支給を決めています。国保は条例又は規約に委ねられていて、しかも出産・死亡は「行うものとする」+ただし書きで全部又は一部を行わないことができる、傷病手当金にいたっては「行うことができる」です。
名前の違いにも注意してください。死亡したときの給付は、健保が埋葬料、国保が葬祭費。同じ場面に、別の名前がついています。
ただし、国保の給付がすべて条例任せかというと、そうではありません。移送費は、法律自身が「移送費として、厚生労働省令で定めるところにより算定した額を支給する」と定めています。国保の中にも「法律が支給すると書いた給付」と「条例又は規約に委ねた給付」の線がある、ということです。
「健保法が軸」は、条文で確かめられる部分もある
冒頭の勘が当たっている手ざわりも、ちゃんとあります。
健康保険法63条は、療養の給付の中身そのものを並べています。診察、薬剤又は治療材料の支給、処置・手術その他の治療、居宅における療養上の管理、病院又は診療所への入院——です。そして同条3項1号が、「厚生労働大臣の指定を受けた病院若しくは診療所…以下『保険医療機関』という」と、保険医療機関という言葉を定義しています。
ここで船員保険法を開くと、こう書いてあります。「保険医療機関(健康保険法第六十三条第三項第一号に規定する保険医療機関をいう。以下同じ。)」。船員保険法は、保険医療機関という言葉を自前で定義せず、健保法の定義をそのまま引いているわけです。
船員保険には、健保に無い給付がある
船員保険を「健保の海版」と丸めると、ここで落とします。船員保険法には、健康保険法に無い給付が独自に置かれています。
行方不明手当金です。「被保険者が職務上の事由により行方不明となったときは、その期間、被扶養者に対し、行方不明手当金を支給する。ただし、行方不明の期間が一月未満であるときは、この限りでない」。額は「一日につき、被保険者が行方不明となった当時の標準報酬日額に相当する金額」。
初見の問題が出たときの、頭の動かし方
- だれが入るかを聞かれた → 職域(健保・船員保険)か、地域(国保)か、年齢(後期高齢者医療)か。除外リストが長いのは国保
- だれが運営・徴収するかを聞かれた → 各法で独自。健保の保険者は協会・組合、国保は「都道府県が市町村とともに行う」、後期高齢者医療は広域連合
- 給付の名前が健保と同じだった → いちばん危ない。語尾(支給する/行うことができる)と、決めている人(政令/条例又は規約)を確かめる
ひとことで持って帰るなら
健保法を軸に置く勘は正しい。ただし効かせ方は「準用されているから同じ」ではなく、「健保という一本の物差しで、各法の差分を測る」です。差分がいちばん見えにくいのは、名前がそろっている給付——国保の出産育児一時金は、健保のように政令で額が決まるのではなく、条例又は規約に委ねられていて、特別の理由があれば行わないこともできる。名前が同じところほど、条文の語尾を見に行ってください。